大阪地方裁判所 昭和40年(む)264号 決定
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〔決定理由〕(一) 氏名についての黙秘権は憲法三八条一項の解釈上絶対に認められないのではなく、氏名の開示が直ちに不利益事実の開示につながる場合には、これを黙秘する権利があると解すべきであるから、弁護人選任届にも被告人の氏名を表示しないでよい場合が当然ある筈である。してみれば刑訴規則一七条、一八条、(六〇条)にいわゆる連署とは少くとも被告人の氏名に関する限り、署名またはこれに準ずる自書で弁護人選任の意思を確実に表示するものを指すと解しなければならない。検察官は氏名の黙秘権がある場合とない場合とを区別し、後者の場合には署名以外の方法は許されないと主張するが、本来右規則は弁護人選任の意思を確定することのみが眼目なのであるから、署名のみに拘泥することは本末を顛倒するものであり、また一般に弁護人選任届の如きは事件の極く初期の段階でなされるものであるから、氏名の黙秘が許されるかどうかが判明しない場合も当然予想されるところであつて、右規則がそのような区別を予定していると解すべきいわれはない、仮りに然らずとしても右規則一七条、一八条を強行規定と解すべきではあるまい。ただ、当裁判所のように解しても、右規則の解釈を誤つてそのような弁護届を無効とした結果、氏名を開示するのやむなきに至つても、その事件がもともと氏名の黙秘権がない場合であつたなら、結局憲法三八条一項乃至憲法三七条三項違反の問題は起らないという回顧的な合憲判断(昭和三二年二月二〇日大法廷判決)と必ずしも矛盾するものではないと解する。よつて被告人が(メガネをかけた)花田という姓(これが被告人の真実の姓である蓋然性は強いが確証はない)を自書し、指印し弁護人高村文敏、同三好泰祐、同小牧英夫(追完)が連署した本件の各弁護人選任届は、被告人に同弁護人選任の意思があると認められる本件では有効である。
(四) 裁量保釈の当否について検討すると、弁護人を通じて被告人の雇主、府会議員、市会議員の三名から身柄引受書が提出されており、弁護人はこれを以て被告人の裁判所出頭は確保されていると主張する。しかし右引受書はいずれも単に本人の人格を信頼しており従つて責任を以つて身柄を確保し、出頭を保障するという抽象的な文面であつて、被告人の住所氏名はもとより、その他裁判所が被告人の身柄の確保、出頭の確実性を判断するに足る具体的な資料を提供するものではない。(当裁判所が試みに右雇主脇野方生に刑訴規則三三条三項により被告人の氏名住所に関する証言を求めたところ、詭弁を弄してこれを回避する状況であり、このようなことでは、果して裁判に対し、被告人の身柄の確保、出頭を責任を以て担保する意思があるのか甚だ疑わしいといわなければならない。)従つて裁量保釈も相当でない。(石原武夫 森岡 茂 藤原禎二)